緊急拡散希望《事前連絡もなく『学び舎』のことで自宅にきた朝日の記者は日本人とは思えません。やっぱり朝日は非常識》 - 水間条項@まとめぶろぐ

緊急拡散希望《事前連絡もなく『学び舎』のことで自宅にきた朝日の記者は日本人とは思えません。やっぱり朝日は非常識》

■国会での加計学園問題が不発に終わった腹いせか知らないが、
何故今頃になって『学び舎』の教科書問題なのか?

朝日新聞の取材で『学び舎』の教科書採択問題が、インターネット上で話題になっていることを聞き、
なにか安倍首相を攻撃する「政治的意図」が見え隠れして不愉快極まりないです。

ポストカードに脅威を感じたと称する灘中学校の和田校長の文書が元になっているとのことだが、
和田校長は教育者にあるまじき「虚偽」を書き、小生を陥れようといていることは、
公開質問状で明らかにした通りです。

小生が作成した「ポストカード」は、戦前の『アサヒグラフ』などに掲載された第1級の
報道写真であり、スクープ資料として発掘したものが、ほとんどですので、
善意の国民が南京に関して間違っている『学び舎』の教科書を採択した知識のない教員に、
啓蒙の意味を兼ねて贈ってあげていることに、脅威を感じたなどと、
マスコミに応えているようだが、その「脅威」の中には、
自らの「無知」の後ろめたさも含まれているようにも解釈できます。

それは、大学教授でも見たことのない一次資料が掲載されたポストカードが全国から贈られ、
自らの知識に不安を覚えることもあり得ます。
新刊本『完結「南京事件」―日米中歴史戦に終止符を打つ』の表紙は、
ポストカードの中の1枚ですが、中国が南京城内で30万人虐殺されたと声高に叫んでいる
クライマックスの1937年12月15日の南京城内の写真です。

実際、『学び舎』の南京の記述とポストカードを突き合わせて検証すると
『学び舎』の南京問題の記述が嘘と直ぐ解る貴重なポストカードに感謝できないようです。

これまで「南京大虐殺」などと、自虐的な記載が満載だった
『教育出版』と『東京書籍』も抑制された表現にしたにも拘わらず、
『学び舎』は、今までの上記二社の過去の記述を継承したような内容を掲載しているのです。
それを採択した灘中学校はレベルが低いのです。生徒が一番の被害者です。

下記に『教育出版』『東京書籍』『学び舎』の中学生用歴史教科書の「南京の記述」を
ピックアップしましたので比較検証して見てください。

◆【教育出版「南京」の記述】

《南京では、捕虜や住民を巻き込んで多数の死傷者を出しました@。〈注@〉
このできごと(南京事件)は、戦後の極東国際軍事裁判(東京裁判)で明らかにされました。
犠牲者の数などについては、さまざまな説があります。》

◆【東京書籍の「南京」の記述】

《日本軍は、1937年末に首都の南京を占領し、その過程で、
女性や子供もなど一般の人々や捕虜をふくむ多数の中国人を殺害しました。
(南京事件@)〈注@〉この事件は「南京大虐殺」とも呼ばれます。
被害者の数については、さまざまな調査や研究が行われていますが、いまだに確定していません。》

※上記二社の記述に
「犠牲者の数などについては、さまざまな説があります」(教育出版)とか
「被害者の数については、さまざまな調査や研究が行われていますが、 
いまだに確定していません」(東京書籍)と、
特定できなければ「ゼロ」もあり得るような表現になったのは、当時、
世界中のマスメディアで南京の状況を一番詳細に知り得た朝日新聞が、
2007年2月19日に《朝日新聞社として南京大虐殺の犠牲者数は特定しておりません。…
中国側は犠牲者の数を『30万人』とし、…日本側には20万人説や数万人説など
さまざまな見方がある》と、公式見解を明らかにしたことで、
教科書会社は数を特定して「南京」に触れることが出来なくなったのです
(自民党歴史議連監修『南京の実相』133頁参照)。
それでも東京書籍は意地になって〈この事件は「南京大虐殺」とも呼ばれます〉などと
意味の無いことを記載していて笑えます。
いままでの反日教科書の変化に危機感を覚えた、現場の反日極左の教員たちが、
自分たちのイデオロギーを満たす「新しい歴史教科書の必要性」から、
つくられたのが『学び舎』の歴史教科書だったのです。

◆【学び舎の南京の記述】『戦火は上海から南京へ』

《日本軍は、多数の死傷者を出しながら上海を占領し、
さらに国民政府の首都・南京へ向かって進撃しました。日本軍は、
食料などの物資を十分には補給されず、現地で調達せよと命令されていました。
そのため、日本軍が通過する地域の住民は食料を要求され、略奪・殺傷などの被害を受けました。
日本軍は12月、南京を占領しました。このとき、国際法に反して大量の捕虜を殺害し、
老人・女性・子どもを含む多数の市民を暴行・殺害しました(南京事件)。
日本では、南京占領を祝う行事が盛大に行われました。》

※最新の研究では、中国側が南京城内で「30万人が虐殺」されたと表明しているが、
実際の南京城内の戦没者は「1793人」で、その内訳は女性が「8人」、
子供が「26人」だけだった事が、当時の朝日新聞と中国側が東京裁判に提出した
検察側資料で証明されました。
実際、最新の学術的な研究を把握してない小中高の教員が、
歴史教科書を執筆する資格があるのか問われることでしょう。
また、約60日間、国際法に反して毎日平均5000人殺害しないと30万人になりませんが、
当時国際法に違反しているなどの申し入れは一切ありませんでした。

◆【学び舎】『南京市に住んでいた夏淑琴(当時8歳)の話』

《昼近くに銃剣を持った日本兵が家に侵入してきました。
逃げようとした父は撃たれ、母と乳飲み児だった妹も殺されました。
祖父と祖母はピストルで、15歳と13歳だった姉は暴行されて殺されました。
私と4歳の妹は、こわくて泣き叫びました。銃剣で3カ所刺されて、私は気を失いました。
気がついたとき、妹は母を呼びながら泣いていました。
家族が殺されてしまった家で、何日間も妹と二人で過ごしました。》
(一部要約)〈笠原十九司『体験者27人が語る南京事件』より〉

※1994年8月、夏淑琴は来日して講演をしていたのを、
筆者は船橋市で開催された講演会を取材しましたが、
夏淑琴は南京陥落後も「中華門の近くで家族と平穏に暮らしていた」と証言していたが、
二村次郎報知新聞カメラマンによれば、陥落と同時に中華門から入城した時、
「中国人は誰もいませんでした
南京事件」日本人48人の証言』阿羅健一著、小学舘文庫)と明確に証言しています。
また、夏淑琴は、1994年8月11日、TBS“筑紫哲也のニュース23”に出演して
「母親は、赤ちゃんを抱いてテーブルの下に隠れていましたが、見つかってしまいました。
…日本兵は、赤ちゃんを奪いとると下にたたきつけて殺したのです。
そして母親は服をすべて脱がされ、たくさんの日本兵に輪姦されました。
その後で日本兵はおじいさんの杖を姉の体にさし入れ、かきまわして殺したのです。
日本兵は三回、私を刺しました。その時の傷がこれです」と、述べていたのです。
夏淑琴の『学び舎』の証言と「ニュース23」の証言に一体感がないことで、
これだけで教科書に掲載するのは不適切なことは理解していただける事でしょう。

微妙な歴史認識問題は、唯一客観的な一次資料で、各自、
「法と証拠」に基づいて検証することが大事なのです。

◆歴史教科書の採択で問題になるのは、常に南京の記述ですが、
それらも2017年8月24日までの辛抱です。

8月24日に拙著【完結「南京事件」―日米中歴史戦に終止符を打つ】が、
全国一斉に発売になりますが、これで南京問題は終わります。https://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/4828419683/ref=mp_s_a_1_1/356-5304653-9690157?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&qid=1502279786&sr=1-1&uid=NULLGWDOCOMO&pi=AA64_QL70

◆灘中学校の嘉納理事長には、小生から2冊献本しますので、
一冊は是非、図書館に置いていただければ幸いです。

それでも『学び舎』の教科書を使用するのでれば、教育以外に目的があることになります。

「法と証拠」に基づいて歴史教育ができれば、灘中学校から真のエリートが育つと思っています。

和田校長は、虚偽を平気で書くようですので、教育者として認められませんので献本は致しません。

近現代史研究家・ジャーナリスト水間政憲

◆【動画】【ニコニコチャンネル 水間条項国益最前線】
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